山びこ学校 無着成恭
編 岩波文庫 1995年
敗戦直後の山形県山元村の中学校で実践された、生活綴方の成果をまとめたもの。日々の暮らしの記録、考えたこと、詩、学級日記の内容と、様々な文章が、実際の筆者の名前付きで収録されている。
60年ほど前の教育実践から生まれた本であるが、現在までなお生き残っているのに納得がいく。個々の作文は、それぞれの生活に密接に関わっていて、そこから勉強が始まる。教科書に書いてあったことと比べて自分の生活はどうなのか。今何がわかり、これから何が必要なのか。どうしたら今の暮らしをもっと良くできるのだろうか。何が悪いのかを検討するために、生徒達は、時には算数・数学の知識を用いて、資料を分析する。またある時には、日本の歴史を紐解いていく。
非常に生々しい現実が書かれていることもある。特に、何度か登場するのが、闇市の話だ。正規のルートで販売していたら、とても生活を成り立たせることなどできない。世の中の矛盾に対して、どうしたら良いのかという子ども達の切実な想いが伝わってくる。
農村の貧困を扱った本書は、翻訳されて海外でも読まれたという。現在どうなっているのかはわからないが、もっと日本国外でも読まれるべき価値を持っていると思う。もちろん、日本でも、読まれ続けていくべき作品であろう。編者は、あとがきで、子ども達の教育に関わっていくにつれ、「貧乏を運命とあきらめる道徳にガンと反抗して、貧乏を乗り超えて行く道徳」が芽生えていく勢いを感じたと述べている。この編者の言葉によって、本書の意義は、ほぼ説明されるのではないかと思う。「貧乏を運命とあきらめる道徳」は、今現在でも消滅したとは言い切れない。むしろ、暗澹とした世の中には、格差を背負いつつも世に抵抗するエネルギーを失くしてしまっている気運さえある。
作文を書いた生徒達は、ちょうど敗戦を挟んで教育を受けた世代であるため、手のひらを返したような教育の大転換に対して、怒りや矛盾を感じざるを得なかった。心の内に秘めた行き場のない思いを抱えた生徒の中には、非行に走る者もいた。そんな子ども達を導き、世の中に目を向けることの大切さを指導していった無着先生の力量には、目を見張るものがある。教育の可能性について考えさせられる。
非常に感動的な本であるが、読んで涙するだけでは、書き手達にとっては不本意なことであろう。本当に求められているのは、本書を読んで、自分は何をすべきか考え、行動に移すことではないだろうか。
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