太郎が恋をする頃までには… 栗原美和子 幻冬舎文庫 2010年
持ち前の負けん気を武器に、アナウンサー採用でもないのにキャスターの地位まで登りつめ、仕事に恋に充実した日々を過ごし、40歳を向かえた五十嵐今日子。世間からは絶対に結婚しない女とまで言われるに至っていた彼女が、突如結婚を宣言することになる。その相手は被差別部落の出身者であった。今日子はそんなことは一切気にしないという立場を貫き、結婚を決めた。しかし、家族や世間の壁にぶつかり、2人は悩む。そこで2人が辿り着いた結論とは…
タブーと言われる世界を鮮やかに、そして哀しく描写した意欲作。
表向きには華やかな印象を持たれながらも、これまで心の奥底に寂しさを抱えながら生きてきた女性が、心に烈しさを持った男性に惹かれる。そして、結婚に至る。初めの部分はそのような恋愛小説に過ぎない。しかし、今日子の結婚後、事態は変化し、部落出身者の差別という現実が重みを増して主人公達にのしかかってくる展開となる。差別を受けた者の苦しみ、新郎新婦それぞれの家族の問題、その親戚の問題、その背後にある現代日本社会の問題。壁は次々と現れ、容易には突破できない。
どんなに相手のことを想っていても、相手を傷つけることになってしまうこともある。しかも、その要因は、家族、親戚、そして社会へとつながる構造の中で形成されたもので、とても2人だけで乗り越えられる問題ではない。根底にあるのは、本文中でも何回か出てくる、「理屈では説明できない人間の感情」である。だからこそ、問題の根は深い。
本書は、もちろん、それ以外の要素も詰まっている。仕事に恋に、一流であり続けている女性の結婚に関する問題、働く女性と出産の問題、主人公が最後まで克服できなかったエレクトラ・コンプレックスなど。しかし、主眼となるのは、やはり日本社会に根強く生き残る差別の実態であろう。ネタバレになってしまうので、詳しくは書かないが、作者のあとがきでは、それがひしひしと伝わる。
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