不動カリンは一切動ぜず 森田季節 ハヤカワ文庫 2010年
中学生の不動火輪と滝口兎譚は、ある日学校の授業の自由課題で小学校の遠足中に起きたバス転落事故の謎を追う。しかし、その裏にはとんでもない事実が隠されていて… 2人の友情(そして愛情)を軸に、回る物語。
2人が冒険を繰り広げる舞台は、実験的な要素に溢れている。人間の間にHRVという病気が蔓延し、すべての人間は基本的に人工授精によってのみ誕生する。人間は、自らの思念を空中に浮かぶ媒介点によって、言葉に出さずに伝えられる。抑圧された性が逃げ込むところとして生まれてくる腹子(親の胎内から生まれる子ども)が、社会の禁忌になっている。第一部の書き出し、「わたし、パパのお腹から生まれてないよね?」からして、本作の不思議な雰囲気がわかる。
行方不明になる兎譚、国からの命に従って動く吉野八咫、謎の宗教団体、無欲会の幹部である小池言虎の思惑、バス転落事故など、すべての謎が徐々に接近し、結末に向かう展開は、手に汗握るもの。
本作において、宗教は重要なテーマの1つであろう。政治に大きな影響を与えながらも思想に溺れた人物に対して、神にすがり自分の世界に閉じ籠っているにすぎないと喝破する主人公の勇ましい姿が描かれる一方で、当の主人公は不動明王と合一化するという偉業を成し遂げ、嘘の神と本当の神を区別するという矛盾も生じている。宗教というテーマは、消化不良のまま終わっている感も否めない。
SFの要素も入った独特の世界が、本作最大の魅力であろう。独特の世界観を持った舞台の下、同時並行で進む様々な思惑の行方を気にしつつ、ページをめくり続けた。
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