火の賜物 ヒトは料理で進化した リチャード・ランガム 依田卓巳
訳 NTT出版 2010年
実は、人類の歴史上、料理が果たしてきた役割は計り知れない。料理という視点から人類の進化・社会の歴史を眺めてみると、意外なことがわかってくる。我々と料理との関係とは。人類学的な見地を中心に据えつつ、栄養学や社会学的な観点からも迫る。
これまで、人類が進化する過程で料理の存在が大きかったという説に出会ったことはなかった。直立二足歩行、道具の使用、言葉の使用、そして、せいぜい火の使用。人類を人類たらしめる要素と言えば、そんなところだ。
しかし、料理が人類の進化上決定的な役割を担ったというのが、筆者の主張だ。1つ目が、消化器官の問題。調理を施した食物は、生の食物に比べて、圧倒的に消化効率が良い。それゆえに、ヒトは消化器官を短くし、消化にかかる時間とエネルギーを減らし、他の生物よりも有意に立ったという。2つ目は、性別分業の問題。料理には、いかんせん時間がかかる。食料を敵から守る必要から、共同体の仕組みが強化されるとともに、料理が女性の仕事となっていったという。
1つ目の消化器官の問題は、具体的な事例が豊富に示され、非常に納得のいくものになっている。文化人類学や栄養学、生物学の研究成果を踏まえた記述は、明快でわかりやすい。調理技術が進んだ現在は、消化効率が以前よりも上がっているゆえに、肥満の問題も深刻化している。このゆゆしき事態については、最終章でじっくりと論じられている。第2の性別分業の問題は、当然ながらジェンダーの問題と切っても切れない関係にある。特に、食料を守ることが以前よりも容易になりつつある現代では、男女の分業をどう捉えれば良いのか。人類がこれまで通してきたやり方と、現代求められる状況には、齟齬が生じてきている。筆者は、今まで料理が女性の仕事として押し付けられてきた過程を論じた。その後の議論は、社会全体を巻き込みながら、妥協点を探していくものになろう。
料理に注目するだけで、人間の歴史や社会をこうも新鮮に眺めることができるのかと思わされる、知的好奇心を刺激する本。アプローチも様々なので、対象とする人を選ばない、多くの人々にお薦めできる書物と言えるだろう。
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