不可能を可能に 点字の世界を駆けぬける 田中徹二 岩波新書 2015年
20代で失明し、様々な人との出会いを経験し、やがて日本点字図書館の館長となった方によるエッセイ。晴眼者の立場からは見えてこない世界に暮らす人として日々感じることや、日本点字図書館の歴史、そこで働く人やボランティアの方々の活躍にまで触れている。
晴眼者からは思いもよらないような視点や苦労がとてもよく伝わってくる。駅のホーム転落防止柵がいかに重要であるか、駅前の放置自転車が視覚障害者にとってどれほど迷惑なものであるかなど、その立場の人からの言葉には重みがある。特に、放置自転車の列を倒してしまったときに感じるイライラ、そのせいで手伝ってくれた人に対しても素直にお礼を言えなくなってしまうもどかしさについて述べていた個所は印象的であった。
日本は何となく欧米、特に北欧の国々と比べて福祉面に遅れのある国という印象があったが、著者によれば、日本の視覚障害者に対する配慮は世界の中でもトップクラスだという。特に、電車の駅のホーム転落防止柵や、点字ブロックといった設備は世界でも有数の充実ぶりだという。点訳の作業は圧倒的にボランティアに頼っているなど、まだまだ不十分なことはいくらでもあるだろうが、日本の福祉についてまた新たな見方を得たように思う。
著者はもう80歳くらいの方であるが、そうとは思えないほどに情報技術に対する情熱を持っていて、使える技術は何とかして役立てようという意欲には感服する。実際、本書も音声画面読み上げソフトというものを用いてほぼ一人で書き上げたものである。人工知能の発達により、情報技術がすさまじいスピードで進歩している現在こそ、その技術を視覚障害者のために用いる方法を見つけ出す人材も求められているように感じた。
日本点字図書館の発展にまつわる話や、途上国支援の話など、その他内容は多岐にわたる。著者がここまで視覚障害者として生きてきた経験や軌跡がいっぱいに詰まった内容に、心を震わされた。