医学的根拠とは何か 津田敏秀 岩波新書 2013年
現代の医学の研究は、臨床の場で得たデータを分析して理論を形成していく試みであるのだが、日本ではそのような試みが為されず、医学の研究者は研究室に閉じこもって動物実験や細胞レベルの実験を繰り返し、むしろ人間そのものから離れていっているという。本書は、EBM (Evidence-Based Medicine) の観点から日本の医療、医学従事者の問題点を挙げ、改善を訴えるものである。
iPS細胞の研究で京大山中教授がノーベル賞を受賞するなど、日本の医学研究は、世界でもトップレベルだと、勝手に思っていたので、本書で明かされる真実は衝撃的であった。データを読み間違えたり、意図的にデータを出さないで自説を主張したりと、日本の医学会に蔓延っているのは、人間のデータを介さないで研究を行う医師達であった。EBMでは、疫学、すなわち統計的なデータを通して病気の原因を探ろうとする学問が重要視される。しかし、一般的には、疫学の方法論や貢献度について語られることは少ないように思う。最先端の機器を用いた細胞や分子レベルの研究や、難しい手術に挑む神の手を持った外科医の姿がメディアを通して人々の記憶に刻まれることはあっても、データの解析法が取り上げられることはないのではないだろうか。
本書のまえがきで、筆者は本書の構想を知り合いの精神科医に話したところ、「おまえ殺されるぞ」と冗談交じりに言われたというエピソードを書いている。本書を読み進めるにつれて、これはあながち嘘ではないと思えた。メカニズム云々にこだわり、データが示す内容については「個別の事例にあてはまるとは限らない」と主張する医師を、容赦なく名指しで批判したりと、筆者の気持ちの強さは並大抵ではない。本書で紹介される医学の実情は確かに驚きである。おそらく、文系でも社会学や心理学を専攻した人であれば、医師よりも統計的なデータの読み方ができるのではないかと思えてしまうほど、現在の日本の医学ではデータでもって裏付けるという科学的な思考が通用しない。
科学的なデータを用いた思考ができないと、どのような問題が起こるか。本書は、かつての公害問題からごくごく最近の時事問題に至るまで、医療と社会の関係についても論じている。医療に関わるニュースの見方が変わる。
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