鉄道会社はややこしい 所澤秀樹 光文社新書 2012年
首都圏では当たり前のように見られる都心の地下鉄と郊外の私鉄による相互直通運転。初めて乗った電車だと、行き先がまるでとんでもない方角の電車が来たりして、戸惑うことも多い。小田急線内に東京メトロ千代田線の車両が入ってきたり、京王線の車両が都営地下鉄新宿線まで走ったり、京浜急行の駅で東武の車両を目撃したりといったことは、慣れればそれほど奇妙な光景にも思えなくなる。
しかし、そのような光景の裏には、鮮やかな連係プレー、そして複雑な取り決めが潜んでいた。例えば、他社の路線内を走る距離(営業キロ)は、相互直通運転に関わっている鉄道会社間で等しくなるようにしなければならない。列車の運行上、どうしてもうまくいかなければ、営業キロが足りない方が車両の使用料を支払わなければならない。共同で使用するのは車両だけに留まらず、駅のホームや、改札にまで及ぶ。本書は、鉄道会社間の様々な取り決めについて、代表的な路線の事例を使いながら説明したものである。身近で何気なく使っている電車に対する新たな見方を得られる。
本書に載っている多くのことは、「知ってどうする?」と聞かれれば、どうとも答え辛いことばかりである。確かに、知ったところで雑学が身に付くとしかいえない部分もあろうが、とにかく読んでいて面白かった。冒頭でも述べた相互直通運転の話は、途中から徐々に単なる鉄道会社間の話を超え、旧国鉄の分割民営化などの政治の話にまでも発展していく。特に、地方の小さな私鉄や第三セクターによって経営される鉄道の話は、直通運転と政治が切っても切れない縁にあることを示す端的な例だ。身近な小さな謎が、だんだんと大きな問題に広がっていき、知識のネットワークができていくような気になった。本書は鉄道についての本であると同時に、知的好奇心を満たすこととはどのようなことか、教えてくれる本でもあると思う。
それでも、本書はいわゆるトリビアだけには終始しない。終盤では、駅員の苦労についても語られている。JRから駅の業務を委託された私鉄の駅員は、JR絡みの苦情を言われても、どうしようもできない。ただただ業務委託の事情について説明し、謝るしかないらしい。本書を読めば、そんな事情にも理解を示せる善良な乗客になれるであろう。
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