残念な教員 学校教育の失敗学 林純次 光文社新書 2015年
本書における「残念な教員」とは、決してお茶の間を騒がせている暴力教員や破廉恥教員ではなく、授業がきちんとできなかったり、生徒を成長させるという使命感に欠けていたり、生徒とのコミュニケーションがきちんと取れない教員のことを指す。筆者によれば、そのような教員は全体の8割を超えており、非常に憂慮すべき問題である。本書では、このような事態を打開するための方法や、教員が持つべき心掛けが述べられる。
現職の教員にとってはとても耳の痛くなる、それでいて本質を突いた内容である。授業や生徒指導ができなくても、教員という特権的な立場を武器にして教育の現場に居座り、教育に対する不信感を抱かせてしまうような教員の姿の描写は、学校という場に少しでも身を置いたものであれば心当たりがあるのではないだろうか。筆者は、一般企業に勤務した後、約10年間の教員経験を積んでいて、教員として必要な心構えについて厳しい視点から指摘し、現場の教員の奮起を促している。美談を語るだけでなく、実際に高い理想に向かって日々努力を惜しまない筆者の姿勢に感化される教員は多いはずである。板書やプリント作り、課題返却に至るまで、プロとして何を考えどう実践するべきなのか考えさせられる話題も多い。
しかし、本書は教員の意識向上のみを解決策とはしない。そもそも教員という職は教室という閉鎖的な空間を活動の場とするゆえに、お互いの姿が見えにくい。これは、問題教員の検出に不具合をきたすだけでなく、意識のある教員が優秀な教員から学び取るという機会も減らしてしまう。教員が成長する場をどう確保するかという構造的な問題についても言及しているのは、さすが現職教員によって書かれた本の為せる業であるように思う。
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