増補 オオカミ少女はいなかった スキャンダラスな心理学 鈴木 光太郎 ちくま文庫 2015年
心理学ほど、実際に研究に携わっている人間とその他の人間との間でイメージの異なる学問も少ないかもしれない。特に、オカルト的なものや神秘主義的なものもまとめて心理学に入れられてしまう風潮は、心理学がどことなく胡散臭いものとなるのに一役買っているように思える。本書は、実験心理学の専門家がこのような心理学について回る怪しいイメージや似非科学的な認識を打破しようと試みたものである。多くの人が1度は耳にしたであろうオオカミ少女の話やサブリミナル効果などの話をめぐって、実際のところ心理学ではどこまでがわかっていて、どこからが実証できていない領域なのか、慎重な考察が行われる。そして、もはや神話化した話題のおかしな点が次々と暴かれていく。その謎解きにも似た試みに、わくわくしてしまう。
本書を読んでいくと随所で感じられるのが、人間の弱さである。ある考えにとらわれてしまい、自説に都合の悪い結果がなかなか見えにくくなってしまったり、自らの権威を守ろうと、データの捏造に走ってしまったりと、心理学の世界に蔓延る神話の裏には、ほとんどの場合人間臭い感情がある。皮肉なことに、人間の思考の癖を探ったり、非社会的な行動の源を探ろうとする学問が、自ら人間の感情の海に溺れてしまい、どこか怪しい学問という印象を人々に抱かせてきてしまったようだ。
筆者が繰り返し述べているように、他人が述べていることを鵜呑みにせずに、原典に当たってみる苦労を厭わず、研究の手法について妥当かどうか常に考えるという地道な作業こそが科学的な営みの基本であり、ひいては学問に携わる者の義務なのであろう。
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