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# 『赤朽葉家の伝説』
2010/12/19 11:56
赤朽葉家の伝説 桜庭一樹 創元推理文庫 2010年



鳥取県の紅緑村にある赤朽葉製鉄。地域に多くの雇用を生み出す巨大な企業。その本家に嫁ぐことが急に決まった万葉、その娘の毛毬、そのまた娘の瞳子の3代にわたって語られる、赤朽葉家の物語。

本書は、3部構成から成る。第1部は、1940年代前半に生まれ、日本の戦後の復興と高度経済成長の時代を目の当たりにすることになる万葉の視点で語られる。続く第2部では、1960年代の後半に生まれ、若者の不良文化の真っ只中を生きることになる毛毬が主人公となる。そして、最後の第3部では、平成の世に生まれた瞳子が未来へと向かいつつある赤朽葉家を語り、この物語は終わる。

第1部は時代小説の様相を呈していて、日本の戦後の復興と高度経済成長と重なるようにして、赤朽葉製鉄の発展が描かれる。日本国内の数々の出来事が、まるで会社の命運を左右しているかのように、密接に関連している。この時代を生きた人間にとっては懐かしさを感じさせるような物語であり、この時代を知らない読者にとっては、ある地方の企業から見た具体的な日本の現代史という意味合いを持った物語であろう。そこに、マジックリアリズム的な要素が良いスパイスを加えている。

第2部は、いわゆるレディースを主人公にした物語。中学生のときから不良文化に触れ、高校進学後には中国地方の制覇を達成する毛毬。たびたび出てくる「ユートピア」という言葉に代表されるように、徐々に社会が持つ意味、社会が人々に与える影響が薄れてきている様子を見事に描き出している。「巨と虚の時代」と名付けられた通り、バブルに踊らさせる日本社会と、その裏で確実に迫っていた先行き不透明な社会、大人の価値観に反抗して生きる不良文化が同時並行する社会情勢が丁寧に描かれる。

第3部は、平成生まれの今どきの若者である瞳子を主人公に据え、赤朽葉万葉が死ぬ間際に残した言葉の意味を探る推理ものとしての正確も帯びた部分である。これまでの桜庭作品に多かった、地方という閉鎖された空間に暮らす少女を主人公にする設定が活かされている。このように、時代の変遷を軸に、個人と社会との関係、社会と個人との関係を見事に描ききっている。世代を追うごとに、徐々に薄れていく社会とのつながりを象徴するような場面が次々と登場する。

また、途中から赤朽葉家は、時代の波に飲み込まれてしまった者達がそれとなく居候する空間へと変化していく。引きこもりとして描かれる、毛毬の弟の孤独、不良から漫画家に転身した毛毬の編集者の蘇峰、いじめっ子で後に毛毬と和解した黒菱みどり… もはや血縁という条件をも超えた人々が集う空間となった赤朽葉家。地方にある旧家という、ある意味で最も保守的とも言えるような場所で、時代の先端を行くような生活が営まれている。そんな皮肉を垣間見られる小説でもある。

とにかく、1冊の中に色々なものがぎっしりと詰まった小説で、物語世界にぐいぐいと引き込んでいく威力を感じずにはいられなかった。
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