ことばと思考 今井むつみ 岩波新書 2010年
人間は、ことばによって世界を切り分けているという見方がある。また、話すことばが違えば、思考の様式も異なるという主張もある。これらの見解は本当と言えるのだろうか。ことばと思考はどのよう関係にあるのか。このような問いの答えを探ろうとするのが、本書である。
本書の結論からすれば、ことばによって思考の様式が異なるのか、そして、ことばは人間の思考を決定するのかという問いに対する答えは、「はっきりしない」ということである。回答として満足がいくものと捉えるかは人によって異なるであろう。しかし、本書がそのような結論に至るまでの過程では、非常に興味深い事例の数々が紹介されている。適宜引用される心理学実験は、なるほどと思わせるような結果を示すものだ。色の知覚、動作の知覚といった、どちらかというと個別言語の差異に起因するようなトピックから、虚偽記憶など、ことばという存在が自体が人間の思考に影響を与えることを物語るトピックまであり、好奇心を刺激する。
また、本書が持つ最大の魅力は、発達的な視点であろう。子どもはことばを獲得していく過程で、思考を発達させ、さらに日常触れる言語の思考様式をも獲得していくのだという。単に、異なる言語を話す人々は思考も異なるのかという見方だけでなく、人間がことばを得る前と後でどんな変化が生じるのかといった見方も、ことばと思考の関係を考えていく上で効果的であるということがよくわかる。
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