なぜ取り調べにはカツ丼が出るのか? テレビドラマと日本人の記憶 中町綾子 メディアファクトリー新書 2010年
薄暗い取調室。なかなか自供しない容疑者。刑事は、故郷の母親の話をし、容疑者を揺さぶる。容疑者は心を打たれ、自らの罪を認める。刑事はそっと、カツ丼を差し出す… こんな表現は、一体どこから生まれたのか? そんな素朴な疑問を持ったことはないだろうか。他にも、勤務の初日に遅刻する教師、雨の中愛を叫ぶ男女など、ドラマの定番と言えるようなシーンは枚挙にいとまがない。日常生活においては決して「定番」とは言えないようなこれらのシーンは、私たちに何を語りかけているのだろうか。過去から現在の様々なテレビドラマにおける名シーンを取り上げ、その表現が持つ意味について探った本。
本書のタイトルからは、本書が刑事ドラマとカツ丼の関係について詳細に検討した本のような印象を受けてしまうかもしれない。しかし、実際それは一部であって、様々なドラマのシーンが紹介されているのだ。
筆者による定番表現の分析から見えるものは、主に脚本論に通じそうなものだ。例えば、カメラの角度を意識すると、食卓の1席は必ず空いていないといけないことは、言われてみればなるほどという点であった。また、批評理論的な分析もある。一見類似点など無いように思えるドラマにも、話の展開パターンに共通性があることが、筆者の繰り出す数多の例からよくわかる。ドラマの見方が変わる本だ。
メディア論はもちろん、文学論、文化論、社会論にも通じる視点に満ちた、わくわくする良書だ。
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